アキレス腱断裂の手術後、
「いつから仕事復帰できるのか」
「術後の痛みの中で仕事は可能なのか」
「在宅勤務でもメンタルは保てるのか」
同じ不安を抱える人に向けて、
術後初めてチームと顔を合わせたZOOM会議の日に感じた現実と心理の変化を記録します。
アキレス腱断裂の手術が終わり、
生活はゆっくり回復に向かうはずでした。
でも現実は違いました。
身体は回復途中。
それでも仕事の時間は止まりません。
この日は術後初めて、
チーム全員と顔を合わせるZOOM会議の日でした。
「在宅だから大丈夫」
そう思っていたのに、
想像以上に心が揺さぶられた一日になりました。
アキレス腱断裂手術後の痛み|術後何日で仕事は可能?
「手術が終われば回復する」
そう思っていました。
でも実際は違いました。
術後2日目の夜、
痛みが強くなり座薬に頼りました。
これは想像外でした。
回復=一直線ではない
痛みは
・動いた後
・夜
・血流が変わる時
に強く出ることがあると実感しました。
これから手術する人に伝えたいのは
👉 「痛みがぶり返す日もある」
👉 「それは異常ではなく回復過程の一部」
ということです。
ここで初めて分かったのは、
「動けない=仕事ができない」ではないことでした。
松葉杖で歩ける距離は限られていますが、
パソコン作業自体は可能でした。
ただし問題は「集中力」と「体勢」です。
- 長時間同じ姿勢でいると脚がズーンと重くなる
- 足を下げたままだと腫れやすい
- 痛みが強いと判断力が落ちる
つまり
“できる”と“続けられる”は別物だと実感しました。
在宅で仕事をする場合、私が気をつけたのは👇
✔ 足を少し高くして座る
✔ 1時間ごとに姿勢を変える
✔ 痛みが出る前に休憩する
✔ 重要判断は無理に行わない
術後の仕事は「根性」ではなく、
体への負担管理が最優先だと感じました。
術後初のZOOM会議|仕事復帰への不安が強くなった理由

この日は術後初めて、チーム全員と顔を合わせるZOOM会議の日でした。
在宅だから楽だと思っていましたが、心の方が追いついていませんでした。
会議開始の時間が近づくにつれ、
胸の奥がざわついてきました。
画面越しとはいえ、
全員と顔を合わせるのは久しぶり。
ケガをする前の自分なら、
何も考えず参加していたはずの会議。
でも今日は違いました。
「どんな顔をして出ればいいんだろう」
心のどこかに、恥ずかしさのような感情がありました。
元気に動いていた自分から、
松葉杖で生活する自分へ。
自分だけが“別の時間軸”にいるような感覚。
元気な同僚を見るのがつらい心理|術後メンタルの変化
ZOOMに入室し、画面に並ぶ同僚たちの顔。
普段通りの挨拶。
いつも通りの声のトーン。
何も変わらない日常。
それを見た瞬間、胸がきゅっと締めつけられました。
世界は動いている。
会社は回っている。
案件は進んでいる。
でも自分は止まっている。
身体が止まると、
社会との距離が一気に広がるのだと実感しました。
術後でも仕事を考えてしまう理由|会社員思考のクセ
誰かが自分を責めたわけではありません。
むしろ、気遣いの言葉をかけてくれる人もいました。
それでも、焦りは消えません。
自分以外は前に進んでいる。
自分だけが回復待ち。
「仕方ない」と理解していても、
感情は別の方向に動きます。
自分の価値は何だろう。
今の自分は役に立っているのか。
元気な同僚たちを見るほど、
自分の無力さが強調される感覚がありました。
脚は痛いのに、頭の中は仕事のことばかり。
案件の進捗、復帰後の立場、遅れの不安。
身体は「休め」と言っているのに、心は止まらない。
結局午後もパソコンを開き、資料を作成する自分がいます。
これはケガの問題ではなく、
会社員として長年染み付いた思考のクセなのだと気づきました。
術後に感じた罪悪感|休むことへの後ろめたさ

会議が終わった瞬間、
画面の向こうでは次の業務の話が自然に始まりました。
「じゃあこの件、午後のうちに確認しておきます」
「現場の写真は後で共有しますね」
いつもと同じ流れ。
いつも通りの仕事のスピード。
その中で私は、そっとマイクをミュートにし、
「お疲れ様でした」と言ってパソコンを閉じました。
自分だけが、そこで時間を止める。
画面が暗くなった瞬間、
部屋の静けさが急に重く感じました。
胸の奥にじわっと広がったのは、
罪悪感でした。
休むことは悪いことじゃない。
身体を優先するのは当然のこと。
頭では分かっている。
でも、心は違いました。
「自分だけ何もしていない」
「みんなは働いているのに」
働いていない時間に対して、
どこか後ろめたさを感じてしまう。
これは今の状況のせいというより、
長年会社員として生きてきた思考のクセなのだと気づきました。
休む=遅れる
働く=価値がある
無意識のうちに、そんな図式が自分の中にできあがっていたのです。
結局午後もパソコンを開き、資料を作成する自分がいます。
身体は止まっているのに、心だけが働き続ける
脚は痛い。
動けばジンジンと違和感が走る。
それなのに、
頭の中は仕事のことでいっぱいでした。
あの案件、誰が対応しているだろう。
進捗はどうなっているのか。
復帰したとき、自分の立場はどうなるのか。
遅れを取り戻せるのか。
考えても今はどうにもできないことばかりなのに、
思考だけが止まらない。
身体は「休め」と言っているのに、
心は「まだ足りない」と急かしてくる。
このズレが、術後の一番のしんどさでした。
痛みよりもつらいのは、
止まれない思考。
動けない自分を、
自分自身が許していない感覚がありました。
仕事は回っている現実|いなくても組織は動くという気づき
今日の会議で、もう一つはっきりしたことがあります。
自分がいなくても、
仕事はちゃんと進んでいる。
誰かが代わりに確認してくれている。
誰かがフォローしてくれている。
それを知ったとき、
少し寂しい気持ちが湧きました。
「自分は必要ないのかもしれない」
そんな考えが一瞬よぎったのも事実です。
でも同時に、安心もありました。
自分一人に依存しない組織。
誰かが止まっても回るチーム。
それは健全な状態なのだと、
冷静になれば分かります。
今まで「自分がやらないと」と思い込んでいた仕事が、
実は“みんなでやっていた仕事”だったと気づきました。
復帰後の居場所はあるのか|上司の一言に救われた話
それでも不安が消えなかった理由は、
“居場所”への不安でした。
自分は戻れるのか。
復帰したとき、同じように仕事ができるのか。
そんな中で、上司の言葉が頭に浮かびました。
「まずは身体を優先してください」
この一言が、
自分を責め続けていた心を少しだけ緩めてくれました。
仕事の場に“戻れる前提”で話してくれている。
それだけで、救われるものがありました。
まとめ|アキレス腱断裂手術後の仕事復帰で本当に怖かったこと
振り返ってみると、
怖かったのはZOOM会議ではありません。
元気に働く人たちの中で、
止まっている自分を見ることでした。
でも今は、止まるべき時間。
無理に動くより、
回復することが今の仕事。
止まることは遅れではない。
次に進むための準備期間。そう自分に言い聞かせながら、
術後初の社会との接点の日は終わりました。



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