アキレス腱が切れた日、最初に浮かんだのは仕事のことだった|43歳営業マンの現実

アキレス腱断裂を経験した43歳営業マンのイメージイラスト アキレス腱断裂体験記

はじめに ― 私のこと

私は43歳、営業職の会社員です。
常に成果を求められる環境で働き、仕事中心の生活を続けてきました。

家族は、看護師の妻と、高校3年の長男、中学3年の次男。
妻とは仲が良い方ですが、単身赴任が始まってからは平日は職場近くで生活し、自宅にいる家族と過ごす時間は限られていました。

子ども達との会話も以前より減り、気づけば生活の中心にはいつも仕事がありました。
家族が大事じゃないわけじゃない。
でも優先順位の一番上には、いつも仕事がありました。


長男の受験の日に起きた出来事

アキレス腱断裂をした日は、長男の大学受験の日でした。

久しぶりに自宅へ戻り、朝、駅まで一緒に歩きました。
「頑張れよ」
息子の背中を押し、付き添う妻を見送りました。

それが、その日の最後の“普通の時間”でした。


「バチン」と音がした瞬間、右足の力が消えた

家へ戻り、近所を歩いていた時でした。
足を踏み込んだ瞬間、周囲に聞こえる大きな音が!!

「バチン」

という音がし、周囲の人が私を見ていました・・・・

右足のふくらはぎの奥に違和感が走り、力が抜けました。
転んだわけでも、ぶつかったわけでもない。
でも立てなくなったのです。

周囲の人に見られる恥ずかしさ、そして地面に付けない右脚・・・痛み・・・色んな気持ちが交錯しました。

後で知りましたが、アキレス腱断裂はスポーツ中だけでなく、40代以降では歩行中でも起きることがあるそうです。


痛みより先に浮かんだのは仕事のことだった

痛みより先に 仕事の心配をしてしまう

その時、最初に強く浮かんだのは

「仕事、どうなる」

でした。

営業の仕事は“動くこと”が前提です。
車移動、現地確認、外回り。

単身赴任の身で動けない自分は戦力になるのか。
配置転換されたらどうなる。
給料が下がるかもしれない。

不安が一気に押し寄せました。


看護師の妻に連絡したあの時のこと

妻は看護師で、勤務している病院が近くにありました。
何とか妻の勤めている病院へ向かい、受付を済ませて診察を待ちました。

待合室で一人座っている時間が、とても心細かったです。
「本当にアキレス腱断裂だったらどうしよう」
診断を受けるのが怖くて、胸がざわついていました。

受付の方が気づいてくれ、車いすを用意し、診察室の前まで押してくれました。
その優しさが、弱っていた心に沁みました。

自宅へ戻る途中の妻に連絡しました。

「足、やっちゃったみたい…多分アキレス腱断裂だと思う」

すぐに病院に向かってくれました。
車いすに乗った私を見ても、同僚の前で笑顔を崩さない妻。

その姿を見た瞬間、心配でいっぱいだった気持ちが少し和らぎました。

「大丈夫だからね」

その一言で、胸が熱くなりました。
結婚して良かったと、心から思いました。


上司に連絡するのが怖かった理由

診断は「アキレス腱断裂」。
早急に手術が必要とのことでした。

頭が真っ白になりました。

でもすぐにスマホを握りました。
上司に連絡しなければいけない。

電話帳の名前をタップする指が震えました。

心の声
心の声

「これで評価が変わるかもしれない」「配置転換になったら収入は減る。そもそも直ぐに後任は見つかるのか?」「周囲に迷惑をかけてしまう」


そんな考えが頭をよぎりました

何て伝えればいいのか分からず、
待合室で必死に文章を考えていました。


返ってきた言葉に救われた

勇気を出して電話をかけました。

返ってきた言葉は予想と違いました。

上司
上司

「まずは体を優先してください。仕事は私ができる限りフォローします。

チーム全員で乗り切りましょう。」

また人事などへの対応のアドバイスを頂け、手術の日の休みなどの許可をいただきました。

電話を切ったあと、張りつめていたものがほどけました。


家族の反応が、心を揺らした

家に帰ると、さらに驚きました。

普段あまり会話が多くない次男が、自宅に入る際、困っている私を見て肩を貸してくれました。
受験から帰ってきた長男は、自分の試験より先に

「足、大丈夫?」

と心配してくれました。

妻には謝りました。
「こんな時にケガしてごめん」

すると妻は優しく笑って言いました。

妻

「ありがとうって言ってくれたら、それでいいよ」

今までの家族に対して、私が稼いでいるから今の生活が成り立っているという
上から目線の自分が恥ずかしくなりました。


ひとりで仕事をしているつもりだった

この日、私は初めて気づきました。

自分は
ひとりで仕事をしているつもりだった
家族に対しても、どこかで「自分が支えている」という意識があった。

でも本当は、家族や周囲の人に支えられて動けていただけでした。


止まったことで見えたもの

アキレス腱断裂 そこから見えてきた大切なこと

アキレス腱は切れました。
でも、家族とのつながりも、職場とのつながりも、人の優しさも切れませんでした。

むしろ、止まったことで、はっきり見えました。

営業として走り続けてきた人生で、初めて強制的に止まった日。
このケガは、ただのアキレス腱断裂ではなく、人生の見え方が変わる出来事になっていく様に感じます。

これからの生活に不安、心配は尽きません

しかし何か大切な事を感じ、自分の価値観や生き方と向き合う時間となるような気がします。

ケガ後の生活がどれほど大変だったかは、こちらに詳しく書きました

アキレス腱断裂後の松葉杖生活は想像以上に過酷でした。
家の中での移動、トイレや風呂、階段の恐怖、単身赴任先での一人暮らしの不安…。
実際の生活で直面した現実はこちらにまとめています。

👉 アキレス腱断裂後の生活はここまで大変|松葉杖生活のリアル体験

コメント

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