アキレス腱断裂の手術から7週目に入りました。
少しずつ回復は進んでいますが、今回の怪我で一番大きく変わったのは、足の状態だけではありません。自分の価値観そのものが変わり始めています。
もともとアキレス腱断裂をした瞬間も、痛みより先に頭に浮かんだのは「仕事どうしよう」でした。
普通なら体の心配をする場面なのに、最初に考えたのが仕事だった。今振り返ると、それだけ自分は長い間、会社と仕事を優先して生きてきたのだと思います。
そして今も、その価値観の延長線上にいる現実があります。
副業を始めたのに、最近は思うように進みません。在宅勤務が減れば、その分だけ副業に使える時間は消えていきます。週2回とはいえ、往復5時間の通勤はかなり重く、その時間があれば休養もできるし、ブログも進められると感じます。しかも有給中でも、会社から電話、メール、チャットは普通に来る。周囲もそれを当たり前のように受け止めている現実に、正直かなり疲れています。
今回の怪我で、以前から薄々感じていたことが、ようやくはっきり言葉になりました。
それは、会社員という働き方は、想像以上に時間も思考も奪うということです。
このまま会社だけに依存した生き方では、自分が本当に望む人生には近づけない。アキレス腱断裂は大変な出来事でしたが、その一方で、自分の時間の使い方や生き方を見直すきっかけにもなりました。今回は、アキレス腱断裂をきっかけに変わり始めた価値観と、会社員として働く中で感じている時間の重さについて書いていきます。
副業を始めたのに、最近は思うように進まない
アキレス腱断裂をきっかけに、副業を本気で進めようと思ったのは間違いありません。
実際、怪我をしたことで「会社だけに依存する生き方は危ない」と改めて感じましたし、自分の中ではかなり大きな価値観の変化がありました。ブログもXも、これからの人生を変えるための行動として始めています。
ただ、現実は理想通りには進みません。
副業を始めた当初は、気持ちもかなり前向きでした。
怪我で動けない時間があるなら、その時間を無駄にせず、少しでも積み上げに変えたい。そう思っていました。実際、その気持ちは今もあります。ですが最近は、気持ちはあっても行動が思うように続かない日が増えてきました。
理由はシンプルで、副業に使える時間と気力が思った以上に削られているからです。
本業がある以上、仕事の影響を受けるのは当然です。
でも今回強く感じたのは、会社員をやりながら副業を育てるのは、想像以上に「余った時間でやるもの」になりやすいということでした。
本当は副業を人生の柱にしていきたいのに、実際には本業が終わって、疲れて、それでも残った少しの時間でやるしかない。その構造がかなり苦しいです。
しかも、今の自分は回復途中でもあります。
手術後7週目に入り、ギプスが外れて少しずつ前に進んでいる感覚はありますが、完全に元通りではありません。移動も生活もまだ制限がありますし、体力も気力も普段通りではない。そうなると、仕事をこなした後に副業へきれいに切り替えるのは、思っていた以上に難しいです。
一番しんどいのは、やる気がないわけではないことです。
やらなくていいと思っているなら、ここまで苦しくないはずです。
でも実際は、記事を書きたい、発信も進めたい、収益化に向けて積み上げたいという気持ちは強い。にもかかわらず、時間もエネルギーも足りず、思うように進まない。そのズレが大きいからこそ、余計にいら立ちます。
副業を始めた時は、「とにかくやれば進む」と思っていた部分もありました。
もちろん行動量は大事ですし、積み上げるしかないのも事実です。
ただ今は、それだけではどうにもならない壁も感じています。
本業の拘束、通勤、会社からの連絡、回復途中の体、生活の疲れ。こうしたものが積み重なると、副業はどうしても後回しになりやすいです。
それでも、自分の中でこの副業を軽いものとして終わらせる気はありません。
むしろ、思うように進まない今だからこそ、自分は何に苦しんでいるのかがはっきりしてきました。
それは「副業が難しい」ことそのものではなく、会社員の生活が、副業のための時間と思考をかなり奪っていくことです。
以前の自分なら、「忙しいから仕方ない」で終わらせていたかもしれません。
でもアキレス腱断裂を経験した今は、その感覚が変わってきています。
怪我で働けなくなるだけで、生活も仕事も大きく揺れる。
それなのに、副業を進めようとしても本業に時間を奪われる。
この現実を前にすると、「空いた時間で少しずつ」ではなく、本気で生き方を変えていかないと何も変わらないのではないかと思うようになりました。
今はまだ、副業が思うように進んでいるとは言えません。
でも、それを単なる「自分の努力不足」で片づけるのも違うと感じています。
会社員として働きながら、怪我の回復とも向き合いながら、そのうえで副業まで前に進めるのは簡単ではない。だからこそ今は、進まない現実にいら立ちながらも、この感情をそのまま書き残しておきたいと思っています。
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在宅勤務が減るほど、副業の時間は消えていく
最近特に強く感じているのが、在宅勤務が減るほど、副業に使える時間がはっきり消えていくということです。
在宅勤務の日は、もちろん本業が楽なわけではありません。
普通に仕事はありますし、集中しなければいけないのは同じです。
それでも、通勤がないだけで一日の使い方は大きく変わります。
朝の準備に追われすぎずに済む。
移動で体力を削られない。
仕事が終わればそのまま家にいて、少し休んでからでもブログや発信に向き合える。
この差は、実際に経験するとかなり大きいです。
特に今は、アキレス腱断裂の術後7週目ということもあり、移動そのものがまだ負担です。
普通の状態なら「通勤は疲れる」で済む話でも、回復途中だとそれ以上に重く感じます。
会社に行って帰ってくるだけで、身体的にも気持ちの面でもかなり消耗します。
そうなると、帰宅後に副業へ切り替える気力が残りにくいのは当然です。
逆に在宅勤務なら、そのぶん少し余裕が残ります。
もちろん劇的に何時間も増えるわけではありません。
でも、副業は大きなまとまった時間がないと何もできないわけではなく、1時間、30分、場合によっては15分でも積み上げられるものです。
その小さな時間を取れるかどうかが、長い目で見るとかなり大きいと思っています。
ところが在宅勤務が減ると、その小さな時間ごと消えていきます。
移動時間、身支度の時間、通勤の疲れ、出社による緊張感。
一つひとつは「会社員なら普通」で片づけられるかもしれませんが、全部合わせると副業の余白をかなり削ってきます。
つまり、在宅勤務が減るというのは、単に働く場所が変わるだけではなく、自分の未来のために使える時間が減ることでもあると感じています。
ここでしんどいのは、本業が終わった時点で一日が終わったような感覚になってしまうことです。
在宅の日なら、まだ「ここから少し書ける」「少し調べられる」と思えます。
でも出社の日は、帰ってきた時点でかなり削られています。
気持ちの問題ではなく、単純に消耗が大きい。
その状態で副業を進めようとしても、集中力が続かないことが増えます。
副業を本気で育てたいなら、結局は時間の確保が必要です。
当たり前の話ですが、会社員をしながら副業を進めるうえで一番大きい資源は、結局お金よりも時間だと思います。
そしてその時間を、会社の働き方がかなり左右してくる。
今回あらためてその現実を感じています。
以前なら、「在宅が減ったなら仕方ない」と受け流していたかもしれません。
でも今は、それでは済ませたくない気持ちがあります。
アキレス腱断裂を経験して、時間の価値を以前より強く感じるようになったからです。
思うように動けない時期を過ごしたことで、自由に使える時間がどれほど貴重かがよく分かりました。
だからこそ、その時間が会社の都合でどんどん消えていくことに、以前よりも強い違和感を持つようになっています。
在宅勤務が減ること自体が悪いと言いたいわけではありません。
ただ、自分にとってはそれが副業の停滞と直結している。
そして副業の停滞は、そのまま「会社に依存したままの時間が延びる」ことにもつながっていきます。
そう考えると、在宅勤務の減少は単なる働き方の変化ではなく、自分の今後を左右する問題だと感じています。
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在宅勤務が減ってきたことで、最近あらためて実感しているのが通勤時間の重さです。
毎日ではありません。週2回程度です。数字だけ見れば「それくらいなら普通では」と思う人もいるかもしれません。実際、自分も以前ならそう受け止めていたと思います。会社員として働く以上、通勤は当たり前。そうやって長い間、深く考えずに受け入れてきました。
でも今は、その感覚がかなり変わっています。
特に今はアキレス腱断裂の術後7週目で、回復途中です。
以前と同じように動けるわけではありませんし、体にも気を使います。その状態での通勤は、ただ時間がかかるだけではなく、身体的にも精神的にもかなり負担が大きいです。朝から移動で消耗し、会社で仕事をして、また長い時間をかけて帰る。その一日を終えた時には、「今日も仕事をした」というより、仕事と移動で一日が終わったという感覚の方が強くなります。
往復5時間というのは、冷静に考えるとかなり重いです。
しかもそれが週2回あるだけでも、一週間の中では10時間。
10時間あれば、記事を何本も書けますし、ブログのリライトもできます。Xの発信も整えられますし、休養に回すこともできます。体の回復を優先する時間にもできる。それだけの時間が、ただ会社に行って帰るためだけに消えていく。この感覚は、今回の怪我を経験してから特に強くなりました。
以前の自分なら、通勤時間をここまで「無駄」とまでは思わなかったかもしれません。
むしろ仕事の一部のように受け入れていた気がします。会社に行くのは当たり前で、そのために移動するのも当然。そういう前提でずっと生きてきました。
でも今は違います。副業を始めて、自分の時間を将来のために使いたいと思うようになった今、通勤時間の意味が変わりました。会社のために消えていく時間として、以前よりずっと重く感じています。
しかも通勤の負担は、移動時間そのものだけでは終わりません。
朝の準備、移動による疲れ、人の多さ、気を張る時間、帰宅後の消耗。こうしたものを全部含めると、5時間以上の感覚があります。数字としては5時間でも、気力まで含めるとそれ以上に奪われている気がします。
その結果、家に帰った後に副業へ向かうエネルギーがかなり残りにくいです。やりたい気持ちはあるのに、体も頭もついてこない。ここがかなり苦しいです。
今は、通勤を「仕方ない」で済ませたくない気持ちがあります。
なぜなら、アキレス腱断裂を経験して、自分の時間も体力も無限ではないと実感したからです。動けることも、自由に時間を使えることも、決して当たり前ではない。そう思うようになってからは、通勤に消える時間の重さを以前よりずっと敏感に感じます。
週2回だから我慢すべき、という考え方もあるかもしれません。
でも自分にとっては、その週2回がじわじわ効いてきます。副業を進めたい、回復も優先したい、家のこともある。そうした中で往復5時間を失うのは、想像以上に大きいです。
今の自分にとって通勤時間は、単なる移動ではありません。会社員でいる限り、自分の時間が会社に吸い取られていく現実そのもののように感じています。
有給中でも普通に仕事をしている現実に疲れる

正直、最近かなり疲れているのが、有給中でも普通に仕事が入ってくる現実です。
本来、有給は休むための制度のはずです。体を休める、生活を整える、回復に集中する。そういう時間であるべきだと思います。特に今の自分のように、アキレス腱断裂からの回復途中であればなおさらです。
でも実際には、そんなにきれいには切り分けられていません。
有給の日でも、会社から電話は来ます。
メールも来ます。
チャットも来ます。
しかもそれが特別なことではなく、周囲もどこかで「まあそうなるよね」と思っている空気があります。自分自身も、完全に切ることができずに対応してしまう。そこに強い疲れを感じています。
これは単純に仕事量の問題だけではありません。
本当にしんどいのは、休んでいても頭の中が会社から離れないことです。
体は休めるはずの日なのに、連絡が来るかもしれないと思うだけで気持ちが落ち着きません。メールが気になる、チャットを見てしまう、電話が来れば出た方がいいのではと思ってしまう。そうやって会社が頭の中に入り続けると、休みなのに休んだ感覚がまったく残りません。
しかも今は、ただの疲れではなく、怪我からの回復という現実があります。
普通の状態ならまだ無理がきくこともあるかもしれません。ですが、今は回復のためにちゃんと休むことにも意味があります。それなのに、有給中でも会社対応を当たり前のように続けていると、「自分は何のために休んでいるんだろう」と思ってしまいます。
休みを取っているのに会社から気持ちが切れない。この状態が続くと、だんだん感覚が麻痺してきます。有給とは何なのか、休むとは何なのか、その境界が曖昧になっていく感じがあります。
さらにきついのは、それが自分だけの問題ではなく、周囲もある程度それを普通だと思っていることです。
「少しくらいなら対応できるよね」
「有給でも連絡くらいは見るよね」
そういう空気があると、断ち切ることが難しくなります。制度としては休みでも、実態としては半分以上仕事が続いている。そんな状態に疲れています。
今回の怪我で、人事部は降格でもいいと考えているようです。
正直、それはかなり重い現実です。こちらとしては受け入れるしかない部分もありますが、その一方で、今まで会社に対して持っていた感覚が大きく揺らいでいます。長く真面目に働いてきたつもりでしたし、忠誠心とまでは言わなくても、会社員として責任感を持ってやってきた自覚はあります。
でも、こうして怪我をして思うように働けなくなると、会社の見方はあっさり変わる。その現実を見た時に、「今までの自分の頑張りは何だったのか」と思わずにはいられませんでした。
もちろん、会社を責めたいだけではありません。
会社には会社の事情があるのも分かります。
ただ、自分の側の感覚として、ここではっきりしたことがあります。
それは、会社だけを中心にした生き方では、幸せな人生にはつながりにくいということです。
今回の怪我がなければ、たぶんここまで強くは思わなかったかもしれません。忙しさの中で違和感を飲み込みながら、そのまま働き続けていたと思います。
でも、アキレス腱断裂をして、回復途中でも会社から切り離されず、有給中ですら仕事が入り、人事の判断も受け入れるしかない現実を経験して、やっとはっきり認識できました。
今まで感じていたモヤモヤは気のせいではなかった。
会社員という働き方は、思っている以上に時間も気持ちも奪っていく。
そのことを今回、かなり深く突きつけられた気がしています。
変な言い方かもしれませんが、そこまで含めて、今はこの怪我に感謝している部分もあります。
もちろん怪我自体は大変ですし、できればしたくなかったです。
でも、この怪我がなければ、ここまで自分の生き方を冷静に見つめ直すことはなかったと思います。
有給中でも普通に仕事をしている現実に疲れ切ったからこそ、今のままではいけないとはっきり言葉にできるようになった。
その意味では、この経験はただ悪いことだけではなかったと感じています。
👉アキレス腱断裂で在宅勤務になった私が感じた不安|会社に行けない罪悪感と将来への焦り
会社員は時間を奪われる働き方だと改めて感じた

今回のアキレス腱断裂で、回復そのものはもちろん大変でしたが、それ以上に強く感じたのは、会社員という働き方は想像以上に時間を奪うということでした。
以前から何となくそう感じる場面はありました。通勤時間が長いこと、休みの日でも仕事が頭から離れないこと、在宅勤務が減るだけで一日の余白が一気になくなること。そうしたことをその都度しんどいとは思っていました。
ただ、今回の怪我を経験して、その感覚が「何となく」ではなく、はっきりした現実として見えるようになりました。
一番大きかったのは、時間を奪われるのは勤務時間そのものだけではないと気づいたことです。
会社員の拘束は、単純に会社にいる時間だけで終わりません。通勤のための準備、移動、帰宅後の疲れ、休みの日の連絡、常に仕事の予定を頭の片隅に置いておかなければいけない感覚。こうしたものを全部含めると、会社に渡している時間は想像以上に大きいです。
しかも厄介なのは、その状態が長く続くと、それを普通だと思ってしまうことです。自分も長い間、それを当たり前として受け入れてきました。会社員なら仕方ない、みんなそうだ、真面目に働くとはこういうことだと、どこかで思っていた気がします。
でも今は、その考え方にかなり強い違和感があります。
特に副業を始めてからは、その違和感がより鮮明になりました。副業は、ただお金を増やすためのものではなく、自分のこれからの人生を変えるための行動でもあります。本当はそちらにも時間を使いたいし、積み上げたい。
それなのに、会社員としての生活を回しているだけで、一番大事なはずの「自分の未来のための時間」が削られていく。この構造がかなり苦しいです。
しかも今は、怪我の回復もあります。
アキレス腱断裂の術後7週目に入っても、まだ完全に自由に動けるわけではありません。そうなると余計に、自分の時間の大切さが分かります。自由に動けること、好きなことに時間を使えること、しっかり休めること。それらは当たり前ではなく、かなり貴重なものだと感じています。
だからこそ、その限られた時間や体力が、会社の都合でどんどん削られていくことに、以前よりもずっと敏感になりました。
今回の怪我がなければ、ここまで強くは思わなかったかもしれません。
たぶん忙しい毎日の中で、通勤も、有給中の連絡も、在宅勤務の減少も、「仕方ない」で片づけていたと思います。でも、怪我をして思うように動けなくなり、なおかつ会社からは普通に仕事が流れ込んでくる。その現実を目の前にすると、今まで自分がどれだけ会社中心に時間を使ってきたのかがよく分かります。
そしてもうひとつ感じたのは、会社員でいる限り、自分の時間の主導権を持ちにくいということです。
もちろん会社員として働くことに価値がないとは思っていません。生活を支える収入にもなりますし、経験もあります。ですが、自分の人生を自分で組み立てたいと思った時に、会社員という働き方はかなり制約が大きい。いつ働くか、どこで働くか、どれだけ休めるか、その多くを自分だけでは決められません。
その状態で、本当に自分が望む生き方に近づけるのか。今回の怪我をきっかけに、その問いを避けられなくなりました。
以前は「会社員として頑張ること」がそのまま正しい道のように思っていました。
でも今は、それだけでは足りないと思っています。会社のために時間を使い切ってしまえば、自分の人生を変えるための余白は残りません。
そして、その余白がないまま年齢だけが上がっていくことに、今はかなり危機感があります。
今回あらためて感じたのは、会社員という働き方は安定を与えてくれる一方で、気づかないうちに時間と思考をかなり奪っていくということでした。
それを認識できただけでも、この怪我には意味があったのかもしれないと思っています。
結論|会社に時間を奪われる人生を少しずつ変えたい
今回のアキレス腱断裂で、自分の中ではっきりしたことがあります。
それは、このまま会社に時間を奪われ続ける人生を続けたくないということです。
大げさに聞こえるかもしれませんが、今の自分にとってはかなり本音です。
もともと仕事に対しては真面目に向き合ってきたつもりですし、会社員としてやるべきことはやってきたと思っています。責任感もありましたし、長い間、それが当たり前だと思って生きてきました。
でも今回、怪我をして、思うように動けなくなり、それでも仕事のことが頭から離れず、有給中ですら会社とのつながりが切れない現実を経験して、その生き方に対する見方がかなり変わりました。
真面目に尽くしてきたことと、自分の人生が豊かになることは、必ずしも一致しない。そこをかなり強く感じています。
今回の怪我で、ようやく認識できたこともあります。
それは、会社員だけの生き方では、自分が思い描くような幸せには近づきにくいということです。
もちろん会社員という働き方自体を否定したいわけではありません。生活の基盤として必要ですし、今の自分もその立場にあります。
ただ、それだけでは時間も自由も増えにくい。自分の意思よりも会社の都合が優先されやすく、体を壊した時にはその弱さが一気に表に出る。今回、自分はそこを嫌というほど見ました。
だからこそ今は、いきなり何かを大きく変えるというより、少しずつでも人生の軸をずらしていきたいと思っています。
会社だけに依存するのではなく、会社以外の積み上げを持つこと。副業もブログも、今の自分にとってはそのための行動です。
正直、最近は思うように進んでいません。通勤もありますし、在宅勤務も減っていますし、回復途中の体で思うように動けないこともあります。
それでも、ここでやめたくはありません。なぜなら、この違和感を見なかったことにすると、また前と同じ生活に戻ってしまうからです。
今回の記事で書いてきたことは、単なる愚痴ではありません。
通勤が重いこと、有給中でも仕事をしてしまうこと、副業の時間が削られること。これらは全部、自分の価値観が変わり始めているサインだと思っています。
以前なら「仕方ない」で流していたことを、今は「このままでいいのか」と立ち止まって考えるようになった。これは自分にとってかなり大きい変化です。
そして今は、変な言い方ですが、この怪我に感謝している部分もあります。
もちろん怪我そのものは大変でしたし、できれば経験したくなかったです。
でも、この怪我がなければ、自分の時間の使い方や、生き方そのものをここまで真剣に考えることはなかったと思います。
痛みや不便さだけで終わるのではなく、今後の人生を見直すきっかけになった。そう考えると、この経験にも意味があったと感じます。
これからすぐに会社を辞めるわけではありませんし、現実はそんなに簡単ではありません。
でも、会社に時間を奪われることを当然だと思って生きるのは、もうやめたいです。
そのために今できることを、小さくても積み上げていく。副業も発信も、その延長線上にあります。
アキレス腱断裂をきっかけに、自分の価値観は確実に変わりました。
だからこそこれからは、会社だけに時間を差し出す人生ではなく、自分の人生に時間を戻していく生き方へ、少しずつでも進んでいきたいと思っています。



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