手術は終わったのに、不安は終わらなかった日

日帰り手術後に待っていた現実と、仕事より強かった“身体への不安” アキレス腱断裂体験記

この手術の日を迎えるまでの流れは、すべてあの日から始まりました。
【第1話】アキレス腱が切れた日、最初に浮かんだのは仕事のことだった

アキレス腱断裂で手術が決まったとき、多くの人が最初に調べるのは「手術当日はどんな流れなのか」「部分麻酔って本当に意識があるのか」「実際どれくらい怖いのか」ということではないでしょうか。
私もまさに同じでした。仕事の心配ばかりしていたはずなのに、手術当日が近づくにつれ、頭の中は“自分の身体にメスが入る現実”でいっぱいになりました。

この記事では、アキレス腱断裂の手術当日を迎えた一人の会社員が感じた恐怖、部分麻酔への不安、仕事よりも身体を意識せざるを得なくなった心境の変化を、実体験として正直に記録しています。

これから手術を受ける方、今まさに不安を抱えている方へ。
「怖いのは自分だけじゃない」と感じてもらえる内容になればと思います。

日帰り手術後に待っていた現実と、仕事より強かった“身体への不安”

手術中に感じた“身体を預ける怖さ”

アキレス腱断裂 手術 怖さ

「終わりましたよ」

医師の声が聞こえたとき、まず最初に感じたのは
達成感でも、安堵でもありませんでした。

ただ、

「ああ、終わったのか…」

という、力の抜けた感覚でした。

部分麻酔だったため、意識はずっとありました。
麻酔を打つタイミングのみ痛みはありました。
手術中、布で隠されていた足の先で何が起きているのかは見えません。
でも、

引っ張られる感覚
押される感覚
何かを処置している振動

それらは確かに伝わってきて、
自分の身体が“医療の現場の中にある”ことを嫌でも実感しました。

怖いというより、
「自分の身体なのに、自分では何もできない」
という無力さの方が強かった気がします。


手術は終わったのに安心できなかった理由

手術室を出てベッドに戻されたとき、
普通なら「終わってよかった」と思うのでしょう。

でも、私は違いました。

「ここからどうなる?」

その不安の方が大きかった。

日帰り手術。
つまり、今日中に帰宅する。

それは「軽い」という意味ではなく、
回復の大部分は家で乗り越えなければならないということ。

足は動かせない。
痛みはこれから出てくる。
生活はすべて不自由になる。
痛みもここから出てくる。

そして何より、
そのサポートをするのは妻です。


日帰り手術で突きつけられた“家族への負担”

看護師である妻は、慣れている様子でした。
手続きも説明も、落ち着いて聞いている。

でも私は分かっていました。

これは仕事ではない。
これは「家族の介護」に近い。

歩けない私
夜中に痛みが出るかもしれない私
トイレも一人では不安な私

そのすべてを、妻が背負うことになる。

申し訳ない、という言葉では足りませんでした。

今まで私は、
「家族のために働いている」
そう思っていました。

でも今は違います。

家族に支えられなければ生活できない側になった。

その事実が、胸に重くのしかかりました。


手術直後でも頭から離れなかった仕事のこと

不思議なことに、
ベッドに横になっているのに、
頭の中では仕事のことが流れていました。

「今日の案件どうなっただろう」
「引き継ぎ漏れてないか」
「戻ったら遅れ取り戻せるか」

自分でも呆れました。

身体を切られた直後なのに、
考えているのは営業の進捗。

これは責任感なのか、
ただの習慣なのか、
それとも依存なのか。

分からないけれど、
“仕事優先思考”は手術でも切れなかった
という事実だけははっきりしていました。

在宅勤務初日、まだ「仕事の心配」しかできなかった自分の記録はこちらに残しています。
【第4話】在宅勤務初日|現場に行けない営業マンの本音


支える側から“支えられる側”になった現実

アキレス腱断裂 考え方変化

「帰れますよ」と言われたとき、
ほっとするより先に、

「もう病院の管理下じゃない」

という不安が来ました。

車に乗る。
段差を越える。
家の中に入る。

一つ一つが試練のようでした。

今まで当たり前だった動作が、
すべて“慎重な作業”になっている。

たった数時間前に手術を受けただけで、
自分はこんなにも“できない人間”になるのか。

その現実が、静かに心を削りました。


長男の姿が浮かんだ

帰宅後、ふと長男のことを考えました。

受験を控え、人生の分岐点に立っている長男。
本来なら、支える側でいたかった。

なのに今は、

支えられる父親。

「大丈夫だよ」と言ってくれる家族の言葉が、
優しいのに、胸が痛い。

長男は明日本命の受験日、そんな日に父親が手術となり
通常の精神状態でいれるのだろうか?

父親としての自分の役割が
一時停止してしまった感覚がありました。

松葉杖生活が始まり、家族への負担を初めて実感した日のことはここに書いています。
【第2話】松葉杖生活が始まった日|当たり前が崩れた瞬間


手術は終わった。でも現実は続く

手術は成功しました。
それはありがたいことです。

でも、問題が終わったわけではない。

歩けない現実
妻の負担
仕事への焦り
家族への申し訳なさ

むしろ、ここからが本番のように感じました。


手術当日に初めて理解した「身体>仕事」の現実

今日分かったことがあります。

私はずっと
「仕事が止まることが一番怖い」
と思っていました。

でも本当は違った。

怖かったのは、
自分が誰かの支えなしでは生活できなくなること
だったのかもしれません。

仕事は代わりがいる。
でも、自分の人生は自分の身体でしか生きられない。

この当たり前のことを、
手術後のベッドの上で初めて理解しました。


それでも不安は消えない

正直に言えば、まだ不安です。

明日の痛みは?
仕事は?
回復は?

答えは何一つ分かりません。

でも一つだけ確かなことがあります。

私は一人で立っているわけではなかった。
今日、それを痛いほど知りました。


アキレス腱断裂の手術で一番変わったのは“考え方”だった

アキレス腱断裂 変わった考え方

手術は終わりました。
でも不安は終わりませんでした。

それが、今日の正直な感想です。

回復はこれから。
生活もこれから。

そして、
自分の価値観が変わっていくのも、これから。

この記録は、ケガの記録であると同時に、
仕事中心だった人間が、少しずつ視野を広げていく途中経過”の記録です。

まだ答えは出ていません。
でも、止まったからこそ見え始めたものがある。

それだけは、確かでした。

手術は終わりました。
でも、本当の試練はここからでした。

痛みよりもつらかったのは、
動けない現実と、思うようにいかない生活。

そして、
「これから仕事はどうなるのか」
という不安が、再び頭をよぎり始めます。

手術前に「身体が一番大事」と気づいたはずなのに、
現実に戻ると、やはり仕事のことが気になってしまう自分がいる。

人はそんなに簡単には変われないのかもしれません。

この気づきに至る直前、手術前日の心境はこちらに残しています。
【第5話】手術前日、初めて感じた“身体への恐怖”

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