アキレス腱断裂手術後の生活|動けない不安と支えられる側になった現実

アキレス腱断裂手術後の生活|動けない不安と支えられる側になった現実 アキレス腱断裂体験記
アキレス腱断裂手術後の生活|動けない不安と支えられる側になった現実

この手術に至るまでの恐怖と決断は、こちらに書いています。
👉(手術前日の恐怖リンク)

手術が終わり、無事に家に戻りました。
「終わった」という安心感は確かにありました。
でも同時に、本当の現実はここから始まったと感じています。

手術は医師がやってくれます。
しかし、術後の生活は自分で乗り越えるしかない。

そしてその生活は、これまでの「当たり前」とはまったく違うものでした。


術後は「動けない」より「動くのが怖い」が本当だった

手術後の生活で一番感じたのは、
「動けない」よりも
「動くのが怖い」 という感覚でした。

松葉杖を使えば、移動自体はできます。
片足でケンケンすれば数歩進むこともできます。

でもその一歩が、常に不安と隣り合わせでした。

・バランスを崩したら転ぶかもしれない
・転んだら再断裂の可能性があるかもしれない
・また手術になるかもしれない

その考えが頭から離れません。

「身体が動かない」のではなく、
「動かすのが怖い」状態

これまで両足で歩くことが当たり前だった自分にとって、
この恐怖は初めての感覚でした。

人は習慣で生きている。
その習慣が突然奪われると、
身体より先に「心」が不安定になるのだと知りました。


アキレス腱断裂後のリアルな日常

術後すぐに感じた「日常動作の難しさ」

ベッドから起き上がるだけで、一苦労でした。

起きる。
座る。
立つ。

今まで無意識でできていた動作が、
一つ一つ慎重な作業に変わっていました。

足に力をかけてはいけない。
バランスを崩したら転倒。
転んだらすべてが振り出しに戻る。

「自分の身体なのに、思い通りに動かせない」

この感覚が、想像以上に心を消耗させます。


手術後に動けない恐怖とは

怖さの正体は痛みではありません。

それは、“習慣が強制的に壊されること”です。

人は当たり前に
歩き
立ち
走れる

それが突然できなくなる。

「自分の身体は自分の意思で動くもの」という
無意識の前提が崩れる瞬間、
人は強い不安と無力感を感じるのだと知りました。


アキレス腱断裂術後の生活で一番大変だったこと(松葉杖生活の現実)

アキレス腱断裂術後の生活で一番大変だったこと

トイレ、移動、水を飲むこと。

全部が「挑戦」になります。

松葉杖をつく
一歩進む
手すりを探す
方向転換する

どれか一つでも気を抜けば危険。

「日常」が「試練」に変わった瞬間でした。


仕事中心の思考が、まだ抜けない自分

本来なら、今は身体を最優先にすべき時期です。

でも現実の自分は違いました。

横になりながら

「来週の案件はどうなっただろう」
「クライアントへのフォローは足りているだろうか」
そんなことを考えてしまう。

長年、仕事で成果を出すことが自分の価値だと思ってきた。
若くして管理職も経験し、
次のステップのために新規開拓営業に自ら移動した。

その人生の延長線上にいる自分にとって、
「仕事が止まること」は
「自分の価値が止まること」と同じ感覚でした。

でも今、身体が動かなくなって初めて分かりました。

仕事は自分の一部であって、
自分そのものではない。

その当たり前の事実に気づくまで、
43年(社会人20年目)かかりました。


次男がそっと置いてくれた水

電話中、机の横に水のペットボトルがありました。

次男でした。

何も言わず、静かに置いて部屋へ戻っていく姿。

その瞬間、胸が熱くなりました。

これまでの自分は、
家族を支える側だと思っていました。

収入を得る人間。
仕事を頑張る人間。
責任を背負う人間。

でも今は違います。

水を持ってきてくれる次男。
手術の付き添いをしてくれる妻。
静かに気を遣ってくれる長男。

自分は今、完全に「支えられる側」です。

最初はそれが悔しかった。
情けないとも思いました。

でも違いました。

人は支えることも大切だけど、
支えられることを受け入れることも同じくらい大切なのだと
初めて知りました。

ケガ当日、家族の存在に初めて気づいた瞬間もありました。
👉(ケガ当日の出来事リンク)


感情の変化「仕事 → 身体 → 家族」

これまでの優先順位は
仕事 → 自分 → 家族 でした。

今は
身体 → 家族 → 仕事 に変わりつつあります。

でも完全には変われていない。
仕事のことが頭から離れない自分もいます。

この葛藤こそ、今の自分のリアルです。


「できない自分」を受け入れるという課題

働けない自分
家族に支えられる自分

これを受け入れるのが一番難しい。

でも今の自分に必要なのは、
「無理して動くこと」ではなく
「できない自分を許すこと」だと感じています。


このケガが教えてくれていること

止まらなければ見えなかったものがあります。

家族の存在
身体の大切さ
働く意味

このケガは損失ではなく、
価値観を修正する時間なのかもしれません。


術後生活は「身体」と向き合う時間だった

術後生活は「身体」と向き合う時間だった

アキレス腱断裂手術後の生活は想像以上に不便でした。

でも本当に大きかったのは
動けないことではなく
生き方の優先順位が揺らいだことです。

仕事がすべてだと思っていた自分に、
「身体があってこその人生だ」と教えられました。

このケガはただのアキレス腱断裂ではなく、

・働き方
・家族との関係
・自分の価値観

これらを見直す強制リセットのように感じています。

走り続けていた人生に、
突然入った「強制停止」。

でも止まったことで見えたものの方が、
走っていた時よりもはるかに多い。

この経験は、
単なるケガの記録ではなく、
生き方の分岐点の記録になるのではと思っています。

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